年をとることと成熟することは別のことだ

■年をとることと成熟することは別のことだ。たとえ高校生でもできるだけ物事の本質を見極めようとする人もいるし、逆に、高校生のような価値観のまま年だけを重ねる人もいる。「世間ずれ」することと成熟することもまた別のことだ。他人の言葉に耳を傾けるのは、それを鵜呑みにして自分も「現状」の一部分になってしまうためではない(それを「世慣れ」「世間ずれ」と言っているのだ)。他人の言葉と、現在の自分がもっている考えの違いを知るためだ。答えをつかんだと思った時点でその人の成熟はストップしている。答えなどそもそも見つかるはずがない。そこにはただ、答えに限りなく近づいていくプロセスがあるだけなのだ。自分に対して問い続けることをやめた時点で成熟は止まる。成熟とは成熟しつづける過程を意味しているのであり、成熟が止まってしまった人は、成熟が完了したということでは決してなくて、成熟をあきらめたという意味で単に未熟な人間なのだ。答えを見つけたと勘違いしている人は未熟であり、答えを求めて問い続け、悩み続けている人こそ成熟した人間と呼ばれるべきなのだ。