鈴木重子のアルバムを聴きながら真っ暗な部屋で寝入ろうとした

■鈴木重子のアルバムを聴きながら真っ暗な部屋で寝入ろうとしたが、なぜか涙がこみ上げてきて眠れない。まだたった三十年しか生きていないのに、おきざりにしてきたものの何と多いことか。そのおきざりにしてきた日々は、じっさいにあった日々ではなく、そうもあり得たであろうという悔恨でしかない。そんな架空の一日、それはきまって初夏の一日なのだが、僕はよく晴れた街を、まぶしい太陽の光に顔をしかめながらひとりで歩いているのだ。口元はそれとなくほほえんでおり、地面をける一歩一歩は今にも踊りだしそうでもある。そうでありえたかもしれないのに、じっさいにはそうでなかった日々は音もなく、あたたかな陽光の中で平穏に過ぎていく。じっさいにはなかったのに、僕はそれらの日々をまるで失ってしまったかのように感じることしかできない。はじめからなかったものを失うとはどういうことだろうか。不可解な喪失感が、わけもなく涙になってこみ上げてくる。真っ暗な部屋の中で、やわらかな歌を聴きながら。