先週からのこの日記について

■先週からのこの日記について、たて続けに読者の方々からご反響頂いた。賛成、反対、どちらでもないものなど様々で、さらなる思考を喚起させられた。それらのメールに通底する問題として、改めて日本的集団主義の質(たち)の悪さについて考えた。ある読者の方は次のように書かれていた。僕のように「日本人」のレッテルが嫌な人はそれに反抗して生きていけばいいし、「日本人」でいいと言う人はそれはそれで生きればいい、それぞれ自由だ、と。まさにおっしゃる通りなのだが、困るのは「日本人」の集団主義がまさにこの「それぞれの自由」を許さない点なのである。つまり「日本人」は個人主義と集団主義の並立を許しているわけではなく、集団主義に合わせろ!と言っているのだ。これは個々の組織にも当てはまる。ある目的を達成するための手段は多様であっていいはずなのに、「日本的」なコンセンサス型組織は問題点を先鋭化する「非日本的」なやり方そのものを許さない。これは別の読者の方のメールだが、会社で仕事上の問題が起こったとき「原因究明をやりましょう」と進言したところ「犯人探しはやめようよ」と言われたという。つまり「日本的」な自由を主張する人々、「日本的であって何が悪いのだ!」という人々は、まさにそう主張することで「非日本的」な人々の自由(たとえば「原因究明をする自由」)を奪っているのだ。たしかに「日本的自由」を主張するのは自由だ。だがそれならば「非日本的」であることの自由も認めるべきだろう。自分の自由は主張しておいて、そうでない者の自由は認めないというのは、自由ではない。このように日本における自由は排他的自由、つまり集団の内部にいる限りは自由だが、部外者の自由は認めないという自由なのである。そして集団としての自由なので、誰も自由の結果の責任をとらない。それが日本的集団主義の始末の悪さなのだ。いま日本が行き詰まっているのはここに一つの原因がある。日本的集団主義は内部から変革しようとする人々を自然とはじき出すようにできてしまっているため、本質的に自浄作用を持ちえない。その意味で、例えば自民党の党運営には日本的組織のすべてが集約されている。改革分子を排除しつつ、集団で環境に適合していくのが日本的組織の姿なのだが、それでこれからもうまくいくという保証は全くない。。
■仕事の流れ(ワークフロー)が非常に複雑な企業は、自分の抱えていた問題に対して間違った答えを出した企業である。もともとの問題とは「決裁業務が特定の管理職に集中してしまい、まともに仕事ができなくなってしまった」というものだった。ならば決裁権限をもった人の数を増やすことで、管理職の負荷を分散しようということにした。その結果、業務内容別の決裁者が生まれ、ワークフローがいくつもできあがり、仕事の流れは複雑になる。おまけに新たに決裁権限を持たされた人の決裁負荷に余裕があるので、その人に回ってくる決裁が徐々に増えていく。そのうちその人にも余裕がなくなり、あらたに決裁者を設け...以降、悪循環で仕事の流れはますます複雑化する。どこで間違ったのか?言うまでもなく最初の答えである。特定の管理職に決裁業務が集中するなら、決裁者の数を増やすのではなく、決裁業務を減らすべきだったのだ。決裁業務を減らすには、決裁の必要な仕事を減らせばいい。決裁の必要な仕事を減らすには、個々の社員の責任範囲を明確にして権限委譲すればいい。そうやって初めて管理職は本当に管理職が考えるべきことに注力し、担当者は決裁待ちの時間を浪費することもなくなる。最初の答えを間違うと取り返しのつかないことになる。ではなぜ決裁業務を減らす方向に歩き出せなかったのか?理由は明白だ。決裁業務はその管理職にとって「既得権益」だったからである。それがなくなると管理職は仕事がなくなってしまうからなのだ。
■『日経コンピュータ』2000/11/6号(p.14~15)をお読みの方はご存じのように、国内であれだけSAP R/3導入の失敗事例があったにもかかわらず、16億円(内ライセンス料3億円)を投じて開発したSAP R/3システムを廃棄した企業がある。給湯器大手のノーリツだ。SAP R/3に1200本ものアドオン(外付けの追加開発ソフトウェア)を付加したために、R/3本体のバージョンアップ時に改修費用が膨大になると分かった。そこで経営陣がプロジェクト中止の英断をしたらしい。稼働開始時期を3度も延期した挙げ句のことだという。社長は現場の状況について何も知らされていなかったのだろう(ちなみにこの件は2000/10/6発表の同社「業績予想の下方修正」でふれられている)。アドオンが膨らんだ原因は生産現場が従来のやり方に固執したためとのこと。この件、問題は2つある。一つはプロジェクトの異常を早期に経営陣に報告する体制がなかったであろうこと。もう一つは現場が業務の変更を断固拒否したこと。前者のプロジェクトがまずくなり始めた瞬間に手を打てなかった理由は、同社の組織に問題を問題として認識する能力がなかったためだろう。なぜ問題化できないのかというと、異質なものは排除し、均質的な組織を維持しようとする力学が働いていたためだ。もう一つの原因である、現場が業務の変更を拒んだのも根は同じ。ノーリツという組織にとってSAP R/3は「他者」だった。そして同社の組織に「他者」を受け入れる素地はなかった。「他者」を受け入れる素地のないところに、問題を問題として感知する能力は育ちにくい。なぜなら問題化するということは、「何かが違う!」という、その「違い」に気づき、受け入れるということだからである。
■ソフトハウスのインプライズ社がまたボーランドに社名をもどすそうだ。結局「ボーランド」というブランドにすがるんだったら初めから社名変更なんかしなきゃいいのに。Turbo C++で四苦八苦しながらWin16アプリケーションを作っていたころがなつかしい。