仕事でSIに関わっているのにアーサーアンダーセン

■仕事でSIに関わっているのにアーサーアンダーセン(AA)とアンダーセンコンサルティング(AC)の区別もつかないのは困るのだが、ACのWebサイトによればつい先日、ACはICC(International Chamber of Commerce)の2年半にわたる調停の末、ようやくAAから完全に独立したらしい。ACは1989年のリストラによってAAから独立し、両者は異なる事業領域で補完的役割を果たし、その協力関係を維持するためにACは毎年一定額をAAに支払うという合意を取り結んだ。ところがその後AAは合意を破ってACの事業領域であるコンサルやITに手を広げたため、1997年ACはICCに調停を申し出た。結果、AAがACに要求していた1450億ドルの支払いは却下、AAはACが独自開発した技術の開示も求めていたが、こちらも却下。その代わり「アンダーセン」という名前はもともとはAAのものなので、2000/12/31以降ACは「アンダーセン・コンサルティング」という名称を使えなくなる。
■村上春樹『国境の南、太陽の西』(講談社文庫)、福田和也『甘美な人生』(ちくま学芸文庫)を読み終えた。『甘美な人生』については新鮮な視点、という以外に格段感想はない。日本の歴史について不勉強ですみません、といった感じ。ただこの中の批評「ソフトボールのような死の固まりをメスで切り開くこと」をきっかけに、数年ぶりに村上春樹の小説を手にした。『国境の南、太陽の西』は始業前のオフィスや会社の昼休みに読む種類の小説ではないと思いながらも、いつもながら文体からテーマ、細かな比喩、簡素で上品(?)なセックス描写まで、あまりに自分にしっくり来すぎるので引き込まれるように読んだ。「島本さん」と「僕」の関係については心臓をわしづかみされた思いで、文字どおりめまいがした。村上春樹の小説を感情移入しながら読むというのはとっても恥ずかしいことなのだが、学生時代に読んだ『ノルウェーの森』や『羊をめぐる冒険』にしても、とくにその文体があまりにたやすくしみこんでくるのでついハマってしまう。人はそれぞれの理由で村上春樹にハマるのだろうが、僕の場合は端的に高野悦子『二十歳の原点』で失われた命がもし生き延びていたら、という仮説を満たしてくれるという理由だ。彼は彼女と同じ世代だし。それだけ大事に読みたい作家なので、数年に一度しか読まないほうが良いかもしれない。つまり村上春樹はしばらく読まない方がいいのだろう。たぶん、しばらくのあいだは。