福田和也『甘美な人生』

■衝動買いのわりに久しぶりに面白い本に出会った。福田和也『甘美な人生』(ちくま学芸文庫、2000/08/09刊)。『柄谷行人氏と日本の批評』の論点は新鮮。右寄りの批評をめったに読まないせいもあるのだろう。幼稚な日本人がどうのという本は読んだことがあるが、考えてみれば福田氏の本格的な批評を読むのは初めてだ。
最近仕事関係の本ばかり読んでいたので、この種の本を読むと僕らが本当に考えるべきことを思い出させてくれる。企業の業務や情報システムに関して原則論をたたかわせるほど不毛なことはない。
毎日のように発生している国内製造業の品質問題は、もちろんTQCの制度疲労もあるだろうが、他方でアングロサクソン型のリストラ・合理化に安易に走った結果でもある。じっさい今年初めの転職活動で、最近製品のリコールを実施した会社を訪問したことがあるが、とにかく人を減らし過ぎで休日出勤が常態となり、まともな仕事ができない状況なのは想像に難くなかった。
業務の効率化は人件費を減らすことが目的なのではなく、業務の品質・コスト・スピードをバランス良く継続的に改善することが目的なのだ。ところがアングロサクソン型の経営思想が消化不良を起こすと、ITで中間管理職を削ることが業務改善であるかのように短絡する。
今週の英『The Economist』誌はインターネットを初めとするITブームを痛烈に批判して「インターネットはpanacea(万能薬)ではない」と断じている。同様にアングロサクソン型の経営管理は決してpanaceaではない。一見グローバルで普遍的に見える「資本主義」にも各国の文化や歴史的経緯が深く刻み込まれている。その「資本主義」という制度の中で動いている企業に対する処方箋がたった一つであるわけがない。
そもそも世の中にはあらゆる意味でpanaceaなど存在しない。そもそも世の中には絶対的に正しいものなど存在しない。そんなものが見つかったらそこで企業経営もおしまい、資本主義もおしまい、生きる意味もおしまいだ。そんなに簡単に答が見つかると考えるのは「真理」というものをバカにしている。安易に答えに飛びつくよりも自分の頭でちゃんと考えること。そういう当たり前のことがこのページのテーマでもあるのだが。