クルーグマン教授のニューエコノミー批判

■日本の各種メディアではIT革命によって日本は不況から脱出できるというニューエコノミー論者がいまだに人気だ。しかしMITのクルーグマン教授はそんな楽観論をバッサリと切って捨てている。インターネットでマイクロソフト分割関連の記事を読んでいて『New York Times』紙に連載されている教授のコラムが無料のユーザ登録で読めることを知った。
2000/05/14に掲載された同紙のコラムで、題名も「Nihon Keizai Shambles」と日本経済新聞をもじった気の利いたものになっている。日本は大規模な財政出動によってどうにか全面的な不況からは逃れたが、こんなことを永久に続けられるわけはない。
教授は以前からインフレターゲットと日銀によるより攻撃的な金融政策(国債買い切りなど)の必要性を説いているが、このコラムでも日銀を批判している。日本政府の言う「自律的回復」は政策ではなく、単なる希望的観測にすぎないと手厳しい。
様々な経済指標はまだ不況を示しているのに「自律的回復」を言い続ける日本政府を、とある投資アナリストは『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』の騎士に例えているらしい。手足を次々に切り落とされているのにまだ戦おうとしている騎士のようだ、というわけだ。
そして日本の楽観論者はまたまた新しい論拠を見つけだした。それがテクノロジーだというわけだ。教授のコラムは皮肉たっぷりにしめくくられている。今日も今日とて経済企画庁が昨年10~12月のGDP成長率を下方修正したが、教授の言うとおり、日本の不況はIT革命やさらなる規制緩和などといった構造改革どうこう以前に、単に金融政策上の技術的なミスなのではないかという気がしてくる。
その同じコラムで教授はマイクロソフト独禁法訴訟について、同社をOS会社とアプリ会社に水平分割するのは百害あって一利なしだと断じている。「Microsoft: What Next?」という2000/04/26のコラムだ
英『The Economist』誌は2000/05/20-26号でマイクロソフト分割問題を論じて、教授の「相補的独占」論を引用している。つまり現状のマイクロソフト社にはOSビジネスを壊滅させてしまわない程度に価格を下げておくというインセンティブが働いている。
しかし水平分割してしまうと、分割後の二社は少しでも譲歩すれば相手の利益になってしまうと分かっているだけに際限なく暴利を貪ろうとする。利幅を少なくしてWindowsの価格を下げれば、それだけMS-Office製品を普及させる基盤を広げ、MS-Officeの方は価格を下げなくても売れ続けることになる。
逆にMS-Office側が価格を下げれば、MS-OfficeのプラットフォームとしてWindowsの売れ行きを後押しすることになる。どちらの会社にとっても価格を下げることは自社の利幅は少なくなるのに相手の会社に儲けさせることになり、得なことは一つもない。
だから分割された二社は一社だったときの制約から解き放たれて、自社の利益を確保するためにそれぞれの分野での独占の力を利用して思う存分価格を釣り上げることになる。それでは消費者の利益にならないというので、教授は水平分割ではなく、垂直分割を支持している。
つまり、WindowsやOfficeを開発・販売する会社を複数つくるという案だ。そうしてお互いに競争が始まれば、各社は価格を下げたり、差別化によって複数の「Windows」が生まれたりすることになる。今日の新聞によればジャクソン判事も教授の議論に賛同しており、司法省の提出した水平二分割案について「独占会社を二社つくるだけだ」と批判的らしい。マイクロソフトの裁判引きのばし作戦も失敗したようなので、さまざまな「元Windows」OSが店頭に並ぶ日もそう遠くないかもしれない。