シドニー・ポラック『追憶』

シドニー・ポラック監督『追憶』(1973年米)を観た。バーブラ・ストライザンドが歌う主題歌がアカデミー主題歌賞を受賞、大ヒットしたので有名。
この曲は僕にとってもある種の『追憶』だ。中学生時代、毎晩のように聴いていた片岡鶴太郎のラジオ番組の最後に流れていた。もちろん地元大阪のラジオ番組も好きだったけれど、東京の番組に耳を傾けながら大都会の想像をふくらませたものだ。
ただ『追憶』の悲しげなメロディーはどちらかというと東京のうら悲しい側面を代表していたように思う。山手線を一周すれば分かるけれど、全ての街が恵比寿ガーデンプレースや新宿タイムズスクエアのようにこぎれいだというわけではない。煤けて今にも倒れそうなビルもある。破れたままの窓も見える。憧れや夢は必ずしも希望に満ちたものではないということを象徴していたのが、このメロディーだった。
ところが肝心の映画は観たことがなかったので、ある人に勧められたことから借りて観てみた。監督のシドニー・ポラックは社会性のあるテーマを得意とするらしい。最近では『ザ・ファーム/法律事務所』(1993年米)、『ランダム・ハーツ』(1999年米)を監督。なぜか俳優としてキューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』(1999年米)に出演している(ここにあげたどの映画も観ていなくってごめんなさい)。
『追憶』も戦前から戦後にいたる米国の社会背景を織り込んだラブストーリーだ。バーブラ・ストライザンド演じるケイティは、戦中は反ファシズム、戦後はレッド・パージへの抗議運動や原水爆禁止運動と、理想を追求する運動家という役柄。一方のロバート・レッドフォードは個人の幸福に生きる男、ハベルを演じる。ケイティは前線から帰還したハベルと大学卒業以来の再会を果たし、恋に落ち、結婚するが、お互いの生き方の違いから衝突を繰り返す。二人は子供をもうけるが、最後にはそれぞれ生きる道を選んで別れる。
この映画はどちらの生き方がより良いかという価値判断をしていない。この映画そのものが1970年代という時代背景を反映しているとすれば、理念に生きる役柄を女性に、愛に生きる役柄を男性に割り当てている点だろう(もちろんレッド・パージを安心して描けるという点も)。また、理念か生活かということは誰にとっても永遠のテーマだ。何が「正しい」のかということ、そして「正しく」生きることの難しさ。アップの切り返しショットが多すぎるのが鼻につくが、ハリウッドだから仕方ない。
ちなみに『追憶』のビデオはちょっとひど過ぎる。本来の画面はパナビジョンなのにTVに合わせて両端がカットされているので、途中、画面が不自然に左右にパンする。カメラがパンしているわけではなく、パナビジョンの左右をTV画面におさめるための加工だ。回転率の悪い過去の名作も、ちゃんとワイド版のビデオを出して欲しいものだ。経済効率よりも芸術を!!