米国の統計学に基づいたQCが日本に輸入されてTQCという一種の「宗教」に変貌し

■米国の統計学に基づいたQCが日本に輸入されてTQCという一種の「宗教」に変貌し、一定の成果を挙げたが、それが新しい時代の企業改革の足かせになった。今、それと同じようなことが起ころうとしているのではないか。米国での金融環境への合理的な適応の結果起こった直接金融へのシフト、「株価重視の経営」が日本に輸入されて、まるで直接金融がそれ自体で善であるかのような「宗教」に変貌している。日経新聞のような大新聞社がその「布教活動」に加担するのもTQCと同じ図式。今のゼロ金利の日本で直接金融に意味があるとすれば銀行の貸し渋り(銀行の審査能力の欠如)でやむを得ずという点くらいではないか。逆に日本が株価重視へシフトすることで邦銀は長年弱さの指摘されてきた企業の審査能力を強化する機会をみすみすのがし、消費者金融のような安易な市場になだれ込んでしまうのではないか。最近の日経新聞を読んでいると株価の高い企業のやっていることはすべて正しいという論調が目立ち、どうも気になる。
■クリントン大統領も「デジタル・デバイド」を言い出すほど米国では所得格差とインターネット利用率の悪循環(高所得者層にとっては良循環)が問題になっていて、今朝の日経一面では日本でもパソコンが使える・使えないで所得格差が生じ始めているとある。で、お決まりのように竹中教授が出てきて通信費など購入後の維持費が高いからだとこれまたお決まりのNTT攻撃だが、当然のことながら低所得者層にとっては通信費よりも初期投資であるパソコンの価格が高いことの方が問題だ。で、なぜパソコンの価格が高いことが問題になるのか?それは、買っても使いこなせるかどうか分からないからだ。だとすれば問題は経済的条件(NTTの通信費やパソコンの価格)ではなく、教育の問題である。先進国の中でも非常に高い識字率を誇る日本もコンピュータ教育については遅れている。「デジタル・デバイド」をなくすのに必要なのは日経一面にかこつけてNTTを攻撃することではなく、小学校のカリキュラムにパソコンを組み込むように主張することではないのか。