この「愛と苦悩の日記」のファイル名は実は2000問題非対応だけど

■この「愛と苦悩の日記」のファイル名は実は2000問題非対応だけど、制御系システムで最大の危険日(って書くと別の意味になっちゃうな)だった2000年1月1日0時はどの国も大過なく終えたようで何より。ただし企業の業務システムに関してはまだ危ない日が待ち構えてる。仕事始めの1月4日、今月の締め処理が行われる来月初め、1999年度から2000年度への繰越処理が行われる今年の4月~6月ごろなどなど。まだ安心するのは早いんだけど、世の中はすっかりもう大丈夫モード。いいのかなぁ。
■昨年末の『The Economist』で2000年代に課題を残す問題といえばWTOの決裂だろうか。労働基準法にこだわる米国は途上国で苛酷な労働を強いられる子供たちの人権を守る大義を標榜しているけれど、本音は既得権を失いたくないだけ。仮に子供たちから労働の機会を奪えば、今手にしているわずかの賃金さえ奪われて子供たちはさらに貧しくなる。労働条件の改善を強制すればそのコストが輸出品価格に転嫁されて途上国は国際市場で唯一の競争力である「安さ」を失ない、早晩子供たちは失業することになる。途上国政府が補助金でコストをかぶればインフレなどの悪影響が見えている。結局途上国にとって自由競争は豊かになるための唯一の選択肢ということだ。たとえそれが子供たちに過酷な労働を強いようとも。環境問題についても同じことが言える。今途上国に環境保護コストの負担を強制することは途上国から経済成長の可能性を奪うことになる。これが『The Economist』の論旨だ。では途上国児童の過酷な労働条件と環境破壊を放置していいかと言えばそうではない。排出権取引は「市場化」による解決策の一つだが(排出量をちゃんと監視できれば)、児童に過酷な労働を強制する権利(?)は取引できない。他方で自由競争は先進国内部の貧富の差をも拡大させる。自由競争が結果的にはすべての人に幸福をもたらすなんて楽観論が通用しない世の中になっていることだけは確かだ。しかし米国経済はそうした楽観論のイケイケムードに酔っている。NYSEのネットバブルは東証にも飛び火しつつあり、日本でもIT産業の隆盛が無条件に「善」とされている。しかし『The Economist』はもう一つ、英国人の国民性として大事な点を指摘している。それはironyの精神。『BUSINESS WEEK』のようなナイーブな楽観論を冷静になだめすかすironyも必要ということだ。米国流の楽観論でネットバブルに浮かれていては、おそらく日本はもう一度バブル崩壊の憂き目を見ることになるだろう。人はパンのみにて生きるにあらず。この国がなすべきことは米国といっしょにネットバブルに浮かれることではないはずだが。