若者のモラル低下に無策な団塊の世代

■最近大学生のモラルや学力の低下を問題にする報道番組が多い。もちろんこれが問題であることは認めるが、儒教道徳を持ち出して大学生の気を引き締めなおさせさえすれば、いつかは解決できる、元に戻せると考えるのは筋違いだ。今の学生の状況は、どこかに「正常」な状態があって、そこからたまたま堕落しているといった一時的状況ではない。若い世代の日常生活には不可逆の変化が起こりつつある。だから元の状態に「引き戻す」努力は役に立たない。
解決策は若者の生活が根本的に変化しつつある現実からスタートして考えなければならない。たとえば講義中に教室で飯を食っている学生に、「教室では食事しないこと」とお説教してもムダだ。そんなマスプロ講義は自宅で食事しながらビデオ受講できるようにして、ゼミ中心のカリキュラムにするとか、教室での食事するなんて事態がそもそも起こらないような仕組みを作ることに頭を使え。
今日NHKの番組でアメリカ政府が高齢者への給付で財政赤字がふくらむのを防ぐために、お年寄りが寝たきりにならない社会を作る努力をしているとあった。かたや日本ではお年寄りは寝たきりになるものだという前提で、介護保険制度の導入でもめている。
学生の学力・モラル低下も同じことだ。低下してしまってから「ちゃんとしろ!」では明らかに遅すぎる。昔このページで取り上げた『子のつく名前の女の子は頭がいい』という本では、子供が悪いことをしてから「ほら見てごらん」と叱るのが団塊の世代の特徴だとあった。
学生の学力低下も介護保険も全く同じ構図。問題が起こってから「ほら見てごらん」と大騒ぎするだけして、事前の解決策をまったく打っていない。そんな無策な団塊の世代に団塊ジュニアを批判する権利などまったくない。だから筑紫哲也『ニュース23』も関口宏『サンデーモーニング』もぜんぜんダメ。大学生を批判するなんて見当違いもはなはだしいのだ。あんな無意味な報道をしてるヒマがあったら大学改革の提案でもしたらどうか。
■去年の今頃何を考えていたのだろうと思い、去年の「愛と苦悩の日記」を振り返ってみた。へぇ~、こんな事を考えてたんだ(1998/07/05参照)。

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