李良枝『由熙/ナビ・タリョン』

■李良枝『由熙/ナビ・タリョン』。講談社文芸文庫創刊10周年記念「柄谷行人厳選50冊」で見つけた一冊。李良枝は在日韓国人二世で1955年生まれ、37歳で夭逝した女流作家。この文庫にも収録されている『由熙』で第百回芥川賞を受賞している。それほど期待せずに読んだが、ハマってしまった。映画のカットバックを思わせる自由な回想シーンの挿入があざやか。27歳の作品『ナビ・タリョン』はほとんど私小説だが、34歳の『由熙』では、彼女自身をモデルにした由熙という在日同胞留学生を、彼女を受け入れる韓国人ホストファミリーの視点から描いている。心の動きが神経質なほど細やかに描写され、胸に静かに沈殿していくよう。
『ナビ・タリョン』で京都に家出した主人公が、シアンクレールというジャズ喫茶を訪れたと語る部分がある。僕も学生時代、京都でシアンクレールを探したけれど、そこにあった建物は、壁に雨跡で「Chien Clair」の痕跡がかろうじて読み取れるだけ。60年代末からの老舗としてジャズファンには有名だったらしいが、僕が知っているのは『二十歳の原点』で高野悦子がヒマさえあればここに通っていたから。